芦生の利用

現在の一般利用の状況

京都大学芦生研究林の利用は、

  • 教育・研究利用
  • 自然観察などの社会教育の一環としての一般利用

に限定されています。
ナラの木が菌類の感染で大量に枯れ、笹藪が失われてブナの木も倒れ易くなりました。 加えて大人数の利用により、登山道周辺の植生も変化しています。 それゆえ現在、回復に向けての利用調整期間に入っています。
一般利用は、安全の観点から、芦生研究林認定ガイドが同行する 美山自然文化村河鹿荘芦生山の家生杉山帰来 のガイドトレックの利用をすすめています。

ガイドコースは、植生保護の観点から、いずれのツアーも「上谷・杉尾峠コース」「下谷・ブナノキ峠コース」 「トロッコ道コース」「内杉谷コース」「中山谷山コース」の5コースに限定されています。 他の地域は調査・研究利用専用です。
トレッキングには、環境保護協力金100円を納めることになっています。 また、ガイドトレック実施者は、研究林に環境保全助成金を寄付しています。

さて、このガイドトレックの経済規模はどのようなものでしょうか。 現在の各ツアーの料金表は各サイトにあります。ツアーに個人参加、弁当、協力金込みです。 環境保全助成金の寄付金額は平成12年度分ですが、 京都大学フィールド科学教育センター年報2012 に、公開されています。これをまとめますと、

実施者 ガイド料金 人数 参考合計 寄付金額
自然文化村7,560円 2,552人1,929万円20万円
芦生山の家6,000円(7名以上)864人 518万円 12万円
山帰来 7,500円 286人 214万円 3万円

この参考合計は単価×人数です。少人数は一律3万円とか、大人数は別計算とかありますが、内訳不明のため計算できません。

合計2626万円の売り上げですが、月収30万円(税引き前)の人の、6人分の給与に相当する程度です。

ガイド料金7,560円は高額でしょうか? まず、弁当を外部委託すれば1,000円かかります。
次に、人件費を月労働日数20日として計算しましょう。ガイドの拘束時間はほぼ1日になります。
認定ガイドは、多くは研究林退職職員ですが高い専門性があるので、月給36万円クラスと仮定して日当1万8千円になります。 安全のため、認定ガイドの他にもう1名の補助者がつきます。補助者が月給20万円クラスと仮定して日当1万円です。
それぞれの施設から芦生研究林内に移動する交通(バス)費用がいります。
運転手が月給24万円と仮定して日当1万2千円です。 これに車の減価償却費と燃料代が加わります。これを1回分1万円と仮定します。
受付の事務方の費用もいります。
時給850円のパートさんを8時間拘束すると7千円は必要になります。 ざっと計5万7千円が経費で消えます。
採算ラインは、1ツアー10名。 弁当自前、バスも運転手も自前、補助者と事務方を兼務、ガイド料減額など大きくリストラしないと到底ペイできません。

けれども、登山愛好家にこのような経済観念を持っていて、7,560円を安いと感じる人は少ないでしょう。 現に有意義なガイドトレック参加者3,702名に対し、年報2012から逆算したその他個人入林者は5,555名です。

山に来る人は、多くの場合、清貧を美徳とします。 私が上谷でお話しする機会のあった人のほとんどは、美山で前泊することなく、早朝に車で家を出発し、道の駅を使わず、そのまま帰ります。 良くて、朽木温泉に入ります。 トレッカー9,257名のうち、何人の人が、美山の里で経済活動を行うのでしょうか?

観光客誘致と、芦生保護を両立させる方策を考える。

研究林本体は受け入れ人数の限界に達している。

研究利用もあわせて延べ11,082名が芦生に入っていること、無断侵入登山者が週50名程度いるとして約2,000名を加え、 推定1万3千人が研究林に入っていることは、芦生の自然状況を考えれば限界に近い数字です。 利用調整地区に指定される前、自由に入られた西大台ヶ原の入林人数が年間5,000人程度ですから、 その2~3倍の人数が常に押し寄せている計算になります。 トレッカーは季候の良い春秋4か月に集中しますので、一般トレッカーは週あたり600~700名に達します。 その多くは土日に集中します。芦生の地理的な位置から考え、交通アクセスの観点からも限界です。

部分(芦生)と全体(美山)は、観光戦略を分けて考えるべき。

まず始めに、観光事業の主体をどこが担うかで、観光振興策の立て方が異なります。 芦生・知井地区の観光か、美山への観光誘致かで作戦を変えなければなりません。

もし芦生なら、ガイドトレックに参加しない層を、ガイドトレックに向かわせる方策を考えます。 無断入林者がいくら増えても収入にはつながりません。 例えば、ガイドトレックでなければ入られないようにすることが効果的です。 国定公園化されるのなら、利用調整地区に指定して、一般入山要件をガイドトレックに限るのが最も強力に効きます。 また、親子連れを狙った知井地区の川遊びやキャンプなど、地域の自然観光の選択の幅を広げることも重要です。

もし美山全体を考えるなら、芦生は看板に使い、実際には観光バスで行ける施設に観光客を誘致しなければなりません。 芦生研究林では、一度に多くの観光客を受け入れられないからです。 その際、芦生の存在をただよわせ、興味のある層には、次の機会にもう一度、 今度は本当に芦生研究林へ行ってもらうよう仕向ければ、美山に再び来てもらえるでしょう。

集客層を考える

どんな客層がどの程度に、芦生に興味を持っているのでしょうか。

  1. 山に登ることが好きな層
  2. 自然・生態系に興味がある層
  3. 風景を楽しむ普通観光層

まず1の登山家層は、除外します。彼らは観光に興味はありません。おまけに芦生は山奥の秘境のイメージを持っていて、 あえて道のないところを行くことに魅力を感じていますから、どこから山に侵入するかさえつかめません。

2の向学層は研究林本部へのリピートが期待できます。 芦生は目立つ花がありません。鹿の食害で大地には倒木と枯れ葉が広がります。 リピーターになる客層は、倒木を見ても楽しめるような、生態系に対する興味・向学心のある層です。 そのような層が好む環境を整えれば、次の世代も親子でリピートしてくれるでしょう。 彼らは、遊歩道より自然道を好みます。 芦生研究林に遊歩道を通してはなりません。

3の普通観光層には、研究林は期待できません。彼らが好むのは花と緑の美しさと眺望です。 芦生研究林本部の須後に、これらはありません。
また、普通の服装とスニーカーで行ける範囲を楽しみます。 彼らは事故が起きれば、裁判例であるとおり 「自然の危険性に注意を払う必要のない程の安全性」を要求します。 倒木と共に自然の森を作る芦生研究林に、一般向けの遊歩道を作ることは、倒木事故の際の補償問題の壁が高すぎます。 もし倒木を全部とったら、芦生の生態系を壊してしまい、研究林の価値を損ねてしまいます。
くわえて普通観光層は、特産の土産物と食事を要求します。 芦生研究林本部の須後では、特産物は(有)芦生の里、ナメコ生産組合ががんばっていますが、 観光シーズンのみ都合良く多量の食事の供給をすることはできません。

北村の通過点戦略

芦生の観光利用を考える際に参考となる例が美山にあります。 美山でもっも有名な観光スポットは、北村の茅葺き民家群ですが、宿泊施設は3カ所です。 ここは土産物店を集落の中に入れず、隣接する国道沿いにつくっています。 大型観光バスがここに押し寄せていますが、村内部を荒らすことなく、休憩スポットとして好評です。 観光と地域保全とのバランスが取れています。土産物売り場を集落内に入れてしまった白川郷と差別化を図っています。
茅葺きの村を看板として使い中は荒らさせず、観光通過点として休憩場所を提供し、 別に置いた土産物屋で維持費用を得る。理想的です。
残念ながら、芦生研究林の須後は山奥のどん突きに当たりますので、観光通過点として機能できません。

美山中心部を通る観光ルート

芦生近隣を観光通過点として機能させるには、観光バスをどのルートで呼び込むか考えなければなりません。 現在、乗用車で京都方面から芦生研究林に入るには、27号線、和知経由で入るより、 477号線から38号線、佐々里峠を経由する方が手っ取り早いです。 佐々里ルートで往復されては、美山中心部に人が来ません。 京都から若狭へ抜けるルートなら、京都縦貫を使って園部、日吉と入る方が速いので、この人たちに 美山へ立ち寄ってもらい、福井に抜けるルートを考えます。ただし、堀越峠経由だと、名所の北村を通りません。

この観点から、芦生研究林から少し外れていますが、五波峠ならば、名田庄村へ抜けるルートの途中にあります。 もし、3の普通観光層を芦生関連で観光誘致するなら、五波峠周辺を開発候補にしてはと思います。 田歌から五波までの道は中型バスが通れる程度ですが、比較的拡張工事しやすい地形です。 宿泊施設の田歌舎の迷惑にならないよう、すぐ西の川沿いから北上して観光道につなぎます。 田歌舎近辺には土産物屋を設置する空間もあります。 しかも、峠には、眺望のある八が峰観光遊歩道ができています。

発想の逆転、壊す自然から戻す自然へ。

漁業資源が「捕る漁業から作る漁業へ」で成功したのですから、自然観光資源も同じ手法を使えないでしょうか。 自然林の一部を壊して遊歩道を作るのではなく、 既存の遊歩道が壊してしまっている自然林を回復させて、観光に利用するのです。 国定公園に指定されるのですから、この事業は自然環境整備交付金の交付対象になります。 自然環境整備交付金取扱要領 別表1のネ「自然再生設備」に相当します。

芦生に隣接する五波峠の観光拠点化をきっかけとした、リピーター層向けへの情報発信

五波峠から芦生側500mのところの標高680mの緩やかなピークを通って、峠から800mの中山谷山尾根分岐までは、 芦生研究林内ではありません。 また、五波峠から西側は福井県側に八が峰を通って知井坂に至る遊歩道が作られています。 この地点も、まずまずの緑が広がっていますが、八が峰遊歩道建設や鹿食害で、下層植が危機に瀕しています。 しかし峠付近はゆるやかで、野の花の回復が成功すれば普通観光層は喜ぶでしょう。 ここに自然環境整備交付金を投じ、自然草花を中心とした、自然再生設備事業を行うことで、 一つの観光名所を作り、京都福井双方からの観光誘致につなげてはどうでしょう。

地元の人には五波峠で芦生を紹介するのは違和感があるかもしれません。 けれど、研究林敷地から大学の受付がある須後まで直線距離でさえ1.7km離れています。 800mしか離れていない五波峠に、一般向け芦生紹介拠点となる施設があってもおかしくはありません。

もう一度来てもらう情報の提示として、芦生側は、中山谷山尾根分岐に通行止めゲートを建て、 芦生現状の説明と、芦生ガイドトレック希望の際の連絡先を記載するのです。 知井坂側には看板を立て、美山トレイル(仮称)ガイドの連絡先を記載します。 普通観光層の中にいるであろう向学層との中間層に働きかけ、 研究林ガイドトレックか美山トレイル(仮称)ガイドトレックに誘い、再び三度、美山に来てもらってはどうでしょう。

むやみに芦生や北村本体を開発して環境に関心の高い層の支持を失うよりも、 「学術的に貴重な自然・文化を守る気高き町、美山」という看板として機能させ、 周辺の開発や、宮島平屋地区での宿泊数増加を狙う方法も、一つの手ではないでしょうか。
元本に手を付けず利子を生み出す方法を考えなくては、永続的な収益は見込めません。