国定公園化後の芦生_保護と利用を両立させる方法

「芦生が国定公園に指定されれば、芦生の自然が守られる」と考えるのは短絡的です。 日本の国立公園・国定公園は、私有地を含めて指定する制度となっているため、基となる自然公園法には、地権者の利益を損なわないような仕組みが備わっています。 それゆえ、どのような「意図」を持って国定公園に指定し、維持管理体制を確立するのかが重要になります。
このページでは、自然公園法の仕組みと保護制度の限界を述べ、次に芦生で実施可能な対応策を述べます。

1:環境保護側から見た自然公園法の限界

自然公園法の公園区域

自然公園法は、優れた自然の風景地を公園として利用するための法令です。 風景地を公園として利用するにあたって、土地の開削・建設などの開発の制限や、 採取・投棄などの行為の制限をかける地域・地区を指定する事が定められています。(法第20条~24条、33条、37条)
これらの制限を加える地域・地区には、風致維持のための規制(法第20条)を設けた「特別地域」、 加えて景観維持のための規制(法第21条)を設けた「特別保護地区」があります。 立入規制(法第23条)を行う「利用調整地区」もあります。
また 自然公園施行規則により、特別地域内を、特別保護地区に準ずる第1種特別地域から、 通常の農林漁業活動が風致の維持に影響を及ぼす恐れが少ないとされる第3種特別地域まで、3段階に細分しています。(規則第9条の2)

風致の維持とは風景の外観上の変更に関すること、例えば建物の造成や改築、植林の伐採など、目に見える変化を制限することを言います。
制限の例をあげると、新規宅地造成については、第1種特別地域では原則として困難になり、第2種、第3種では建坪率や容積率に制限が課せられるなどします。 植林の伐採方法では、皆伐(一定の面積の土地の木を一斉に伐採すること)が第1種では不可、第2種では制限、第3種は許可となっています。(規則第11条)
公園内のその他の「普通地域」(法第33条)も特定の行為に届出の義務を設けるなどの規制があります。

地権者の権利保護と自然保護との狭間で

自然公園法は、区域を分け、区域に合った開発規制をかけることで「優れた自然の風景地を保護」(法第1条)するよう設計されています。 ところが、この区域分けを決めるに当たっては、「関係者の所有権・・・財産権を尊重するとともに、国土の開発その他の公益との調整に留意しなければならない」(法第4条)とあります。 国定公園は私有地も含めた地域一帯に適用されるため、土地の評価額に影響します。 土地の所有者にとって、かけられる制限がどのようなものになるかは大きな問題です。 そのため、必ずしも自然保護に最適な区域分けが設定できるとは限りません。

自然保護の観点からは信じられないことですが、自然公園法に「自然保護」「環境保全」という言葉は全く含まれていません。 先述の法第4条の規定や、法第1条の「優れた自然の風景地・・・の利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資する・・・ことを目的とする。」から読み取れるように、 「利用の増進を図る代償としての保護」というスタンスが透けて見えてきます。

人間の活動の影響を少なくして自然を保護する地区を、保護地区ではなく「利用調整地区」と呼ぶことが、これを象徴しています。

自然を資源として利用する者の観点からすれば、先述の開発や行為の規制は、過開発により観光利用可能な自然の風景が破壊されることを防止するための手段にすぎません。 これは人間の行為が環境に影響を与えるのを防止するという環境保護の観点と、根本の部分で異なります。 ただし、土地所有者の財産権を守ったまま自然保護を行おうとすればこのような形にならざるを得ないのです。

難しい立入規制

自然公園法は、開発を規制する代償として「自然の風景地の利用」を求めることで自然を保護しようという構成になっています。 そのため、国定公園の整備事業(自然環境整備交付金)で整備した公園施設は、公共施設として広く一般に開放する義務が生じます。 同時にそれを担保する安全管理が求められます。

例えば「自然探勝路施設」を交付金事業で整備したとすると、 公共施設として「自然の危険性に注意を払う必要のない程の安全性」、簡単に言えば地図も持たずハイキング気分で入っても命に別状のない安全性を確保する管理責任が管理者(多くの場合、施設所有者)に求められます。

入山に際して、”この公園施設は、登山フル装備でなければ危険ですので、スニーカーで事故が起きても自己責任です。”と説明しても、それだけでは「お願い」にすぎず、管理責任の担保にはなりません。 交付金事業整備施設の公共性が優先されます。 そもそも、むやみに立入られたら困るような貴重な自然が残された場所、または危険な箇所があるようなところに公園施設を作る方が誤りなのです。 (過去の判例)

公園施設内に、とくに保護が必要な場所や、危険箇所があるなら、確実性のある具体的措置を講じなければなりません。 例えば侵入を物理的に阻止する壁の設置や監視・指導員の配置です。

自然公園法とはなにか

以上のことから見えてくるのは、自然公園法は、自然保護の機能よりも、自然を観光利用するための法として機能していることです。
「自然公園法」は、”自然保護法”ではありません。 実際、 自然環境保全法による”自然環境保全地域”は同法第22条第2項により、 ”自然公園の区域は、自然環境保全地域の区域に含まれないものとする。”とされています。

それゆえ国定公園の指定は、ほんらい、自然の景観を利用した観光客誘致を考えた組織が、地元に協議会などを作り、公園指定を政府・自治体に陳情する形で行われます。 観光客誘致の際に必要以上に自然が破壊されないようする機能が、上述の特別地域などの指定と見ることができます。

2:立入規制(立入条件)を設ける方法

以上のように、国定公園の公園施設を整備すれば、自然保護が求められる場所に立入規制をかけにくい状況が生まれます。 ただし、本当に自然を守らなければならない地域に立入規制をかけられる規定が、自然公園法に含まれています。法的裏付けを持った立入規制を行うためには、この規定に従った手続が必要です。

利用調整地区

立入規制にも色々なレベルがあります。ペット同伴禁止といった緩やかで”立入条件”に相当するものから、本当に入山禁止にする最も厳しいものまで、自然保護の必要性に応じて、最適な条件を設定できれば理想的です。 これは、「利用調整地区」(法第23条)を指定し、立入の「基準」を定めれば、実現できます。(法第24条第1項第2号、規則第13条の6)
規則13条の6の各号と立入規制(基準)の内容との関係は次のとおりです。

第1号
入山人数の設定
第2号
入山期間の設定
第3のイ号
ペット同伴禁止、外来種の持ち込み禁止
第4号
スニーカー禁止・登山靴着用など必要装備品の設定など、入山条件の設定
自己責任による入山

利用調整地区を指定できる区域

二種類の特別地区のうち、行為・開発をとくに厳しく規制する「特別保護地区」は規則第9条の2の規定により、
「重保護=特別保護地区>第1種特別地域>第1種特別地域>第1種特別地域=軽保護」
となることから、「特別保護地区」は第1種特別地域に指定するのが通例です。

一方「利用調整地区」の求める立入規制は、行為・開発規制とは独立した概念です。 公園を整備することと、公園の利用人数に限度枠を定めることは、独立して実施可能です。 よって第1種~第3種のいずれの特別地域にも「利用調整地区」が設定できるのです。 第1種特別地域内の「特別保護地区」に、「利用調整地区」を重ねて指定することも可能です。
法第23条第3項のただし書きの第1号により、各地域の行為・開発規制は、「利用調整地区」指定前の状態と同等になります。 例えば、第3種特別地域内に設けた利用調整地区内では、植林の皆伐が可能です。 「利用調整地区」指定により、皆伐を行うための立入認定の申請が必要になるだけです。

利用調整地区を指定し、立入規制の内容を決める手続

規則第13条の4で、「利用調整地区の指定に当たっては、その区域内の土地所有者等の財産権を尊重し、土地所有者等と協議すること」が求められます。 規則第13条の6の立入規制の内容は、実質的に法第25条の指定認定機関が取り扱うことになります。 ここでも、土地所有者との協議結果が反映されます。
よって、これらの協議の場を設けることから始めなければなりません。

3:芦生研究林への適用

利用調整地区を指定する環境

まず、研究林は、研究林敷地の地上権を持っており、利用調整地区協議会の構成員となる要素があります。 また、研究林の土地は、知井九ヶ字財産区が所有しており、歴史的にこの二者の間で幾度となく協議の場が設けられています。 研究林の地権者はこの二者で完結しますので、現在の京都大学と九ヶ字財産区の管理会との協議会を、 そのまま規則第13条の4の利用調整地区協議会として利用可能です。

指定認定機関については、研究林の現状を最も良く把握している京大フィールドセンター芦生研究林がそのまま指定されれば、須後の研究林窓口で即時審査・認定を行うことが可能になります。 もちろん、認定基準は先述協議会で定めます。

よって、現在の体制のままでも、利用調整地区の設置、運営を行う環境が整っているのです。

ただし、運営の実行には地元の協力が欠かせません。 規則第13条の4の観点からは、協議会に美山の他の地区や南丹市・京都府の利害関係が入り込む余地はありません。 しかし、これまでの協力関の観点から、南丹市旧美山町はもとより、歴史的つながりの深い高島市旧朽木村との情報共有は必要だと考えます。 関連予算を定め、国定公園計画をまとめる立場の京都府とともに、美山町、朽木村もオブザーバーとして協議会に参加することが望ましいと考えます。

この第一段階として、フィールドセンターとガイドトレックの提携を結んでいる民間3団体に協力を要請して、合同で入林審査を行う部署または機関を設立してもらうことが良いと考えます。

利用調整地区への移行

研究林が指定認定機関となり即時認定を行うのならば、入林に必要なことは、入林申請フォームに必要事項を記入し(規則第17条の7第1項)、注意事項の説明を受けるだけです(規則第13条の8第2項)。 これは現在研究林でやっていることと同じです。
フォームも、いま研究林が使っている 入林申請書様式4遵守事項 と誓約署名欄を加える変更だけで済みます。

立入認定基準も現在の研究林の 利用規定をそのまま流用することから始めればよいでしょう。 入林規制のレベルは、協議会にて定期的に検討し、その時代にあったレベルを設定すればよいと考えます。 こうすることで、現在の研究林の管理体制から、そのまま利用調整地区の管理体制へ移行できるのです。

芦生研究林利用調整地区の使用目的

研究林の現在の使用目的は、「教育・研究・社会教育」です。 一般入林申請書式4の「ハイキング」「トレーニング」も、あくまで自己教育目的です。 自然と関わる中で、環境と人間との関係に目を向け、自らの存在についてあらためて考える機会を提供しているのです。

ところが「ハイキング」「トレーニング」を、観光資源として消費される余暇活動として捉える風潮があることが気にかかります。自然の山を、アトラクション会場として捉えれば、自然破壊を招きます。これは研究林の使用目的に反します。 一般入林の目的が教育活動に限定されていることを入林時の説明で明確に示し、誓約署名をしてもらうことが、自然保護についての理解を求めるために重要です。

利用調整地区指定のメリット

立入条件、立入可能範囲を利用調整地区協議会で適宜定めることにより、次のことが実現できます。 逆に言えば、研究林のすべての敷地を利用調整地区に指定して初めて、研究林が現在行っている利用規定と同等のことができるのです。

研究林側のメリット

  • 研究利用に支障のない一般利用の範囲を定めることができる。
  • とくに保護が必要な場所、長期固定調査を行う場所への研究者以外の立入を禁止する法的な裏付けができる。

地権者側のメリット

  • 一般利用を認める場所での安全管理体制を、登山道並の「利用客の自己責任に基づく行動を求める程度」とし、管理予算を最小に抑えることができる。
  • 一般登山者の無許可の不正侵入を法に基づいて禁止し、認定ガイドトレックの振興と安定したガイド収入を実現する。

利用者側のメリット。

  • 自然環境を、”利用し消費する対象”としてではなく、”相互に関わる対象”として捉え直す機会を与えられる。
  • 環境を壊されることなく、将来にわたりいつまでも芦生の自然にふれあえる機会を与えられる。

結論:国定公園化後も芦生研究林の保護と利用を両立させる方法

以上の観点から、国定公園指定後の芦生研究林の、保護と利用とを両立させるには、次の5つを行えばよいのです。

  1. 国定公園化に際し、国・京都府・南丹市は、芦生研究林を「教育研究センター」として位置づける。
  2. 芦生研究林の敷地の全部を、第1種~第3種の特別地域に指定する。(ただし、須後と灰野の普通地域を除く。)
  3. 同時に、芦生研究林の敷地の全部を、利用調整地区に指定する。(ただし、須後と灰野の普通地域を除く。)
  4. 京都府・南丹市美山町・高島市朽木村をオブザーバーとし、京都大学フィールド科学センターと知井九ヶ字財産区管理会とで利用調整地区協議会を作り、利用条件を協議する。
  5. 自然環境整備交付金をつかった自然探勝路(遊歩道・登山道を含む)の整備をはじめとする一般利用者向もしくは観光向の施設の整備は、芦生研究林の敷地内では一切行わない。