観光トレイル開削の影響

観光トレイルが開削されることで植生にどんな影響があるのでしょう。
直接的影響と、間接的影響の二つが考えられます。

直接的影響
トレイルおよびその近傍の環境破壊や盗掘
間接的影響
トレイルが自然林の移動障壁を壊すことで、人や鹿がもたらす影響を広範囲に広げること

1:直接的影響

こちらは結果がすぐに見えますが、影響はトレイル周辺に限定されます。
この影響は、近隣の高島トレイル (2007年開通)でも年を追うごとに進行しています。 私は高島トレイルの桑原区域で、急激に数を減らし始めたある植物の位置を2011年に地図に全数記録しました。 2012年、2013年と確実にその数を減らして行き、2014年には成株はほぼ消滅しました。 美山トレイルでも2~3年で植生が変化し、5~6年でトレイルの自然学習場的価値は失われ、単なる観光登山的価値しか残らなくなるでしょう。
以下に列挙します。

開削による消失
トレイルに元々生えていた植生の伐採、消失。
乾燥化
トレイルに風、日光が入ることによるトレイル周囲の乾燥化する。
土壌の硬化
踏み跡には、踏み跡でも生える植物しか生えないので、植生が変わる。
外来種の拡散
登山靴に付着した他の地域の種子がトレイルに落ちる。
外来種問題は、外国の動植物に限らない。地域固有の動植物が近隣の近縁種に駆逐されたり、混血、交雑で失われることがある。
土壌流失
踏み跡が雨で水路になり、トレイルの土壌が流される。やがて周辺の土壌流失におよぶ。
トレイルの無秩序な移動・拡張
踏み跡が雨でぬかるむと、登山者は歩きやすいところを選んで歩くので、トレイルは元あった場所から無秩序に移動し、道幅もどんどん広がって行く。
盗掘
トレイル周辺の希少動植物の乱獲・盗掘
モラルなどの教育による防止は完全を求められない。また100%の物理的監視は不可能。

2:間接的影響

こちらは結果がトレイル上から見えませんが、影響は広範囲におよび、深刻な被害をもたらします。
われわれが恐れているのはむしろこちらの方です。次の2つの観点で深刻です。

  • 美山トレイル予定コースが、偶然にも、芦生の再生に極めて重要な地域を横断している。
  • トレイルは、鹿や盗掘者の林内の移動を容易にし、トレイル周辺の広範囲の植生と農業に悪影響を及ぼす。

A:桑原三国岳近隣の大谷南東尾根の重要性

美山トレイルの候補地である桑原三国岳~天狗峠の大谷南尾根(地図参照)近隣 の、とくに桑原側の北側(芦生短信2014年8月9日 参照)には、まだ藪があちこちに点在します。笹藪もかろうじて残さたところがあり、新規の芽吹きもあります。
理由はよく分かっていませんが、鹿の侵入量が、他の地域より少ないようです。 ここには、まだ、多くの種類の動植物、微生物、菌類の「種」が残っているのです。

このことは、芦生の再生にとって極めて重要です。種がなければ再生はできません。 鹿の食害はまだまだ進行していますが、将来、食害を効果的に防止する手段が見つかるでしょう。 その時まで、種を残さなければなりません。

一方、植物は単独では存在できず、色々な他の動植物、微生物、菌類と共生しています。 「種」は、研究室で保管していても自然には戻せません。 「種」は、地域一帯の環境と共に残さなければ意味がありません。

よって、芦生の自然を維持するには、桑原三国岳近隣はそのまま自然の状態を維持することが極めて重要なのです。
ここは保護がより優先される第1種特別地域に指定される予定ですが、より強固に保護するため人の立入も制限する「利用調整地区」 に指定すべき場所だと私は考えます。

B:トレイル開削は、鹿にとって、高速道路開通と同じ

このサイトの笹藪のバリア効果鹿の増加要因 で説明しましたが、下草や低灌木が密生している場所があると、人間や鹿の移動を大きく妨げる天然の防護壁となります。 芦生地域の笹は多くの場所で消滅しましたが、代わって、オオバアサガラやユズリハの幼木が藪を作り始めています。

桑原三国岳付近は、越冬地の福井県側へ鹿が移動する、主な通り道である杉尾峠付近から見て、芦生最奥地にあたります。 ここに至るまで、鹿は上谷、下谷、大谷の3谷を超える、逆に言うとその間の2つの尾根を超えなければなりません。 特に大谷は深く、藪が少なくなったといっても、大きな移動障害になります。 そのため、生杉三国峠を経由し、桑原三国岳までの尾根伝いに進むのが最速コースになります。

高島トレイルが2007年に生杉三国峠~桑原三国岳の尾根道を開削させたことと、桑原地区の鹿による農業被害の拡大とは 密接な関係があるかもしれません。桑原地区の林道の藪は、ここ3年のうちにも変わっています。農業被害も現在拡大進行中なのです。 これは私の仮説ですが、尾根道を使って、桑原まで来た鹿は、そこから奥地の藪深い天狗岳に向かうより、桑原の農地へ向かったのではないでしょうか。

実際の鹿の移動はGPSなどによる調査でもしない限り確定しませんが、 山を歩いていて、鹿の糞がどこで沢山見つかるかでも、おおまかな予想が立ちます。 鹿は、人間が作ったトレイルを移動に活用しています。

ところで、鹿はヤマビルを運ぶ役割を果たしています。 桑原、生杉、芦生側の鹿のいる地域では、ヤマビルがわずかしか発生していません。 朽木地区では、木地山方面でヤマビル被害が目立ってきていますが、その他の地域では京都と比べまだまだ数少ないのです。 しかし山一つ隔てた久多地区から京都側はヤマビルが大発生しています。 これは、京都久多地区と、桑原・芦生地区とは、鹿の交流が少ないことを示唆します。

もし美山トレイルを杉尾峠~生杉三国峠~桑原三国岳~天狗岳~佐々里~卒塔婆峠とつないだら、何がおきるでしょうか。
これは名田庄~京北を縦断する、スーパーハイウェイを、鹿に提供することになります。

鹿の越冬地が、福井県側だけでなく京都府側にも拡散し、その中間地点にあたる桑原には、 両方向から鹿が侵入する可能性が出てきます。
その結果、

  • 桑原地区の農地に侵入する鹿が増加し、農林業被害が拡大する。
  • 桑原地域に残された藪が食害により消滅する。
  • 朽木地区全体にヤマビルによる人の吸血被害が拡散する。
  • 外来種や害虫が広がる速度を加速させる。

これは、農家にとっても芦生の自然保護にとっても悲劇です。
同じことは、美山町平屋・宮島地区についても深見峠経由で、美山町知井地区についても佐々里峠経由で、 京北の鹿が侵入することで生じるでしょう。

また、このルートは、これまで須後(芦生研究林本部: 地図の「芦生」の「生」の字あたり)から最奥地であった所へ、 滋賀県側から容易に盗掘者を侵入させるルートとしても機能してしまいます。