国定公園化をめぐる不安

国定公園の制定は、区域内の優れた自然の風景地を公園として利用するために、地方自治体が自然公園法の手続に基づき国に申請して行われます。 ところが、美山の場合は事情が全く異なります。2014年9月5日付京都新聞 で「地元の要望に基づかない異例の国主導で」進められたと報じられました。

なぜ、国から切り出したのか、私は当初、ほんらい国が国公園として整備したいところを、 財政および事故の際の責任問題を京都府に負担させるため、 国公園の形式を取ったと考えていました。 この問題と平行する時期に、吉野熊野国立公園の西大台ヶ原で、住民と合意形成された大台ヶ原自然再生推進計画が反故にされる 事件が起きていたこともあり、 環境省の国定公園整備方針の転換がその背景にあると考えていました。

ところが美山では、2007年に丹後天橋立大江山との国定公園競争に敗れた後、 京都府は国定公園の面積が小さいのでどこかを指定しなさいと2010年頃に環境省から言われて、 一度潰した美山の国定公園話を再び復活させる、まさに天から突然降ってきたとの認識でした。

1:何が起きていたのか

自然公園法は、地元からの申出により(法第5条)国定公園を指定すると、定めています。 2014年9月4日の美山町住民説明会は、この矛盾を解消するため、地元の要望を吸い上げる目的で開催されたと見られます。 国定公園構想の内容が定まらず、”施設利用計画図(案)にない観光資源、見どころの情報を提供してください”と地元に情報を求めたこと、芦生研究林が”利用目的:ハイキング”などと実態から離れた提案を含むことなどが、地元の要望でこの計画が始まったのではないことを物語ります。

ところが2014年9月以降、知井・芦生地区で国定公園の保護区分の区域割りをめぐって協議が開かれ、その中で信じられない話が持ち上がりました。 詳細に調べられて設定したように見える保護区域分けの図(参考:芦生地域)は、実地調査に基づかない見切り発車の状態というのです。

知井地区で囁かれていることは次のとおりです。

”京都府の国定公園担当者は2名しかおらず、十分に調査することなどとても出来ない。 やむなく航空写真などを参考に、原生林に見えるところは第1種、植林地域は第3種・・・のように定めた。 公園の全体構想も、大阪の公共事業コンサルタント事業者に委託して原案を作った。 住民説明会は、これら机上の原案と、現実のギャップを埋める意味もあった。 ところが、説明会後に地種区分に反対したのは芦生地区だけだった。 多くのところでは、特別地域指定の本当の意味が分からず、意見提出は各区長を通じて行うため、区長が反対しなかったところはそのままになった。 芦生地区が反対して何度か説明会が行われ、4月頃に地種区分の改訂版が出された。 しかし芦生地区はまだ納得しなかった。 そして4月以降説明会は開催されておらず、芦生の地権者がその後の状況を聞いても、京都府は情報開示しない。”

どこまでが真実かは確認できていません。 しかしこのような話が地域に広まる背景には、地域の将来像に対する強い不安があると思われます。 芦生地区はかつて離村が進み、地権者の一部は今も芦生の外で暮らしています。 将来戻って来るかもしれない、いや、帰ってきて芦生の将来を支えて欲しい外住地権者の意見も聞くべきだとの思いが、芦生地区にはあるようです。

2:管理主体はだれなのか/情報不足がもたらす不安と混乱

芦生の他の地域では、どうだったか。 国定公園への理解を求める説明会の性格上、色々出来るとの印象を住民に与えることになってしまいます。 そして○○を作って欲しいなどの要望が区長宛に多数寄せられます。 ところが、国定公園の主体は国ではなく京都府。 施設設備の設置費は国から自然環境整備交付金が出ますが、これが出た代わりに他が減らされれば、京都府への交付金総額は増えません。 しかも施設設備の維持管理費(将来にわたる固定人件費)は全て京都府が担いますので当然、出来る予算範囲は大きくありません。 当然、府は慎重にならざるを得ません。 ”京都府は国から押しつけられて渋々やっているので動きが悪い”、と噂されます。

国定公園にせよ、他の活動にせよ、公共事業で最も大切なことは、”だれ”が予算を出すのかという、管理権限主体です。 事業を始めたら、その後に維持管理が付いてきます。それをだれが永続的に負担するのか。 責任者をはっきりさせなければ、安定した事業継続は望めません。 ”縦割り行政の弊害”などと避難されることがありますが、縦割りには理由があるのです。

国定公園について、美山で情報を混乱させている原因の一つに、美山で3つの事業主体が平行で行われていることがあります。
一つは2014年補正予算で実行に移った府知事の「森の京都」構想にからむ事業。これは府単費です。
二つめは「国定公園」構想。これは設置が自然環境整備交付金の国費、維持は府費です。
三つめは2020年の芦生研究林の「地上権更新」手続です。これは文科省が担当です。
残念ながら、その3件の問題を統括して扱う部署も人もなく、それぞれの思惑で動いていて、住民はどれが何の事業にあたるか分からず混乱する要因になっています。

「森の京都」と「国定公園」との混乱の例を挙げます。

芦生地区の鹿の食害対策のための会議が、府単費の森の京都構想(分化環境部_15)で認められH26年度より活動が始まりました。 その予算権限の中で、植生回復研究実験を目的として、芦生研究林に鹿よけネットと、ハイカー侵入防止ロープが設置されます。 ところが京都府担当者は、国定公園の「遊歩道」構想を持ち込み、 ロープを張るだけの当初の京大の計画に対し、舗装した一般遊歩道を作らせて欲しいと要望したらしい。 予算の出所はその後の管理に重大な影響があります。 環境対策のため府単費予算で研究林の登山道を整備したなら、その道は入山者自己責任が原則の登山道のままですから芦生研究林に特段の負担増はありません。 しかし国定公園整備のための自然環境交付金が使われたら、その道は万人に対して絶対的な安全が求められれる遊歩道とされ管理に多大な人件費がかかります。 京都府は管理責任の所在が未整理のままであっても、とにかく国定公園化を形にしたいと、あせっているのでしょうか。

どこまでが森の京都構想でどこからが国定公園構想なのか区別し、最終的に両者を統合調整させるシステムが必要ですが、 統合調整を専門に扱う部署が府にないことが誤解を引き起こしています。

「地上権更新手続」と「国定公園」との混乱の例を挙げます。

芦生研究林は2020年までの契約期間で、知井村九ヶ字財産区から地上権を借りています。 その対価は、文科省から地権者の知井村九ヶ字財産区に対して「教育施設管理費」の名目で支払われています。 その額は、42km2の広大な面積に対し京都府一般行政職公務員4名分弱の人件費程度と、極めて控えめな額です。 僅かな額ですが、芦生地域の維持管理に欠かせない費用となっています。

ところが文科省は、美山芦生を国定公園化する機会を捉え、地代を払わない方向で検討を始めました。 第一弾として「教育施設管理費」の減額交渉が始まっています。 「国定公園」になれば環境を守るのは文科省ではなく環境省だから、「施設管理費」は不要ではないかというのが言い分のようです。 知井地区はこれまで通り芦生研究林との契約の継続を望んでいるとのことですが、「原生林部分にしか契約しないのではないか」とか、 「伐採費用の方が材木価格より高いから国定公園化後は何の契約をしなくとも芦生は原生林のままに保たれるだろうから契約を打ち切るのではないか」 という不安を口にされています。

これは、国定公園を口実にした、露骨な文教予算カットです。環境省と文科省は別組織で予算権限が異なります。

「地上権更新手続」と京都府の「野生鳥獣等被害対策推進事業」との混乱の例を挙げます。

狩猟者の間で、京都府単費で支出される鹿の駆除活動が打ち切られるのではないかという不安が語られています。 芦生研究林では、京都府の予算により、年に数回、期間を決めて、夜明けから朝8:30(秋期は9:30)まで、研究林全域で銃器による鹿の捕獲が行われています。 ここで頻繁に駆除を行う理由は、里では鹿が見向きもしないススキまで食害に遭うくらいに、芦生研究林内の鹿の生息数が多いことの他に、 敷地全体が京大による管理が行われており、入林制限をかけやすく、人命に対して安全が確保しやすいことが挙げられます。 狩猟業が安定することは農林業被害を防ぐために重要ですが、美山では研究林内の鹿の駆除が狩猟業の安定化に寄与してきたのです。 契約更新が行われない場合はただの私有地になってしまいますし、これまでどおりの入林制限をかけての駆除は出来なくなります。

こちらは京都府の英断により解決できる問題です。しかし、地上権問題が解決するまで動きが取れません。

3:建前の壁

環境省の美山国定公園担当は2名で、定期的に美山で説明会を行っていたそうです。 その中には、隣県滋賀県高島市針畑地区代表もいたとのことです。 関係者一同がそろうのだから当然、皆がしたい話は、国定公園になったとき、二県6地域(旧町村)の利害をどのように調整するかです。 ところが残念なことに、国定公園は地元が要望して環境省に申請する形式のものですから、地元の利害調整は済んでいることが前提になります。 環境省は会議の性格上、環境の話しかできません。利害調整は環境省の仕事ではないので会議題には取り上げないとの立場です。

美山の自然の良いところは、山と川が両方あることです。国定公園を機に、川遊びによる村おこしをしようというアイデアもあるでしょう。 ところが、 自然公園法には、”川”を公園にする規定がないのです。 川は国交省の管轄です。環境省の管轄ではありません。 川に関する要望を国定公園管轄の京都府環境部に上げても、直接の形では受理できません。

結局、環境省の国定公園の説明会にも、京都府環境部にも、 京都府の美山に対する説明会にも、森の京都構想に関する事業の会議にも、京大と美山の協議会にも、 関係部署を越えて互いの利害や言い分を総合して調整するところが無いのです。

4:望まれる省庁・各部署の横の連携を図る専属部署の構築。

病院では、どこの診療科にかかったらよいか分からない場合に、総合診療を受けた後に専門家を受信するシステムが出てきました。 行政でも、各部署を越えた、もしくは行政区域を越えた、横の連携を図る専属の部署を、立ち上げて頂きたいと願います。 恒久的なシステム作りは予算的にも厳しいでしょうが、まず第一歩として、国定公園調整プロジェクトを試験的でも良いので行って頂き、 システム作りのための試金石にして欲しいと思います。